民法総則-通則-基本原則(私権・公共の福祉・信義則・権利濫用)

民法の基本原則 法律
民法の基本原則

本記事では、私権(民法)の基本原則として、私権とは何かからはじめ、公共の福祉、信義誠実の原則、権利濫用についてまとめました。

筆者の私見が多分に含まれますが、民法の基本原則の本質は次のようにまとめることができます。

社会共同生活の一員として信義に従って誠実に、他人の権利を侵害しないように責任を持って行動しなければならず、その注意義務を欠くことを法は許さない。(法的非難)
※公共の福祉(社会全体の利益)に適合するように、信義に従って誠実に行動しなければならず、これに反する権利の行使は許さない(権利の濫用)

効果1 不法行為責任

社会共同生活の一員として、他人の権利を侵害しないように(注意して)行動しなかった者は、その行為によって他人の権利を侵害して生じた損害を賠償する責任がある。

効果2 権利の濫用(権利行使の効果を法は認めない)

社会共同生活の一員として、他人の権利を侵害しないように注意して権利の行使をしなければならず、その注意を欠いた権利の行使を法は許さない。

筆者が上記のようにまとめた理論について、客観的利益衡量の法理と受忍義務・受忍限度という説明に対する批判を多分に含めて残しておきます。

権利・自由は保障されているが、その権利・自由をもって他人の権利ないし社会全体の利益を侵害してもよいわけではない。(公共の福祉)

ただし、その具体的調整原理を「客観的利益衡量」とするのは明らかに失当である。

客観的利益衡量によって権利・自由を制限すると、大きな利益の前で小さな利益は犠牲にならなければならない。例えば、多数の人が利益を得るショッピングモールを作るために、他人の小さな古くて老朽化した倉庫を所有者に無断で撤去してよいわけではないことは明らかである。

被害者が複数あったとしても、倉庫所有者がショッピングモールの建設に対抗しようと個々に訴訟を提起したところで客観的利益衡量によるなら請求は排除されるため、被害者は真の救済(原状回復)を得られない。

違法であるが、客観的利益考慮によって違法性や権利の行使ができるかどうかを判断するのであれば、合法的に多数の比較的小さい所有権を侵害できてしまうのである。客観的利益衡量によれば、もはや小さい利益の被害者が大きな利益を有する加害者に請求することこそ権利の濫用と評価するものである。

妨害排除が認められず損害賠償だけは認められるという場合でも、金を出せば所有権の侵害は合法というものになってしまう。そして、その後の違法状態はどうなるのか。被害者は数年おきに損害賠償請求をしなければならないのか。

憲法第29条第3項③ 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。において、公共のためであっても、正当な補償がなければ私有財産を侵害することはできないことからも明らかである。全体の利益を前にしても、被害者に受忍義務を負わせることは当然ではない。

では、客観的利益衡量が失当であれば、どのように権利の衝突を調整すればよいか。妥当な解決は何か。

衡平妥当な解決は、行為に及ぶ前に、信義に従って、誠実に、他人の権利を侵害しないように相当の注意をすることである。

例示した内容でいえば、ショッピングモールの建設をするという行為に及ぶ前に、他人の権利を侵害しないように建設地を選ぶこと、少なくとも所有者がいる土地があるならその所有者に対して事情を説明し、場合によっては土地及び倉庫を買い取るなど、信義に従って、誠実に、他人の権利を侵害しないよう相当の注意をすることである。

社会共同生活において、他人の権利を侵害しないように相当の注意をすることは、一般的にも「悪いことはやっちゃだめ」の理論であって当然のことであり、信義誠実の原則からも当然の義務といえよう。

受忍限度論は、相当の注意をしたのであれば被害者においても受忍すべきと解釈することもできなくはないが、「行為に及ぶ前に、信義に従って、誠実に、他人の権利を侵害しないように相当の注意をする」で足りる。「社会通念上被害者が許容しなくてはならないと一般に認められている程度」と説明するのは適切でない。

結局、不法行為法上において、過失(相当の注意を欠いた)と認定されないように行動すべきであり、社会通念上、常識に属するものである。

公共の福祉

公共の福祉の規定は、公共の福祉に適合しない権利の行使は認めないという基本原則を示すものです。

第二十九条 財産権は、これを侵してはならない。

 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。

 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる

引用元:憲法第29条

(基本原則)

第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。

引用元:民法第1条

私権とは

私権とは、私法私法とは、私人の権利やその行使形式、私人の義務やその履行形式など、対等な私人間の法律関係を規制する法律の総体のことです。によって認められている各種の権利保障された利益(この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。(憲法第12条))参照のことです。(田中実・安永正昭『新版注釈民法(1) 改訂版【復刊版】』(有斐閣、2010年)62頁

標準種類内容
財産的価値財産権財産的価値がある
※金銭評価できる
非財産権財産的価値がない
※金銭評価できない
権利の作用権利の作用は、◯◯に基づく◯◯権又は◯◯による◯◯権と主張することができる支配権他人の行為を要せず権利客体を直接に支配する
請求権特定人に対して一定の作為・不作為を要求する権利
形成権一方的意思表示により法律関係の変動を生じさせる権利
抗弁権請求権の行使に対してその作用を阻止することのできる効力を持つ権利
効力の絶対性絶対権万人に対して主張し得る対世的な権利
相対権特定人に対する対人的な権利
履行義務を負わせる
移転性一身専属権個人に専属する権利
その人自身に帰属させなければ意味のない権利(帰属上の一身専属権)
その人自身でなければ行使できないような権利(行使上の一身専属権)
一身非専属権個人に専属しない権利
独立性主たる権利他の権利に付従せず独立して存在する権利
従たる権利他の権利に付従してのみ存在する権利

公共の福祉とは

公共の福祉とは、社会全体の利益をいいます。(コトバンク

規定の意義・性質

私権は公共の福祉(社会全体の利益)に適合しなければならないとは、憲法第29条第2項財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。に基づいて制定されたものです。財産権所有権や金銭債権など、財産的価値を有する権利のこと(参照ではなく、人格権や無体財産権を含む私権と規定されました。

具体的性質については後述します。

効果

公共の福祉に適合しない権利の行使は認めない

公共の福祉は、憲法における「財産権所有権や金銭債権など、財産的価値を有する権利のこと(参照の内容は法律で定める」を受けて規定されたものと捉えることができ、民法上の財産権所有権や金銭債権など、財産的価値を有する権利のこと(参照は、公共の福祉に適合するように定めらます。

民法第1条第1項は、「私権は、公共の福祉に適合しなければならない」と規定されているため、当然、民法に規定されている私権の内容が公共の福祉に適合するものだと解釈しなければなりません

憲法第12条が「常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う」のように、権利・利益は公共の福祉のために利用する責任(義務)を規定している点でも当然でしょう。

第十二条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

引用元:憲法第12条

そうすると、効果としては、民法は公共の福祉に適合しない権利の行使は認めないと解するのが相当です。適合しない部分については、公共の福祉のために利用する責任(義務)に反しているとも考えられます。

田中実・安永正昭『新版注釈民法(1) 改訂版【復刊版】』(有斐閣、2010年)71頁以下参照

信義誠実の原則(信義則)

(基本原則)

 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。

引用元:民法第1条

信義誠実の原則の意義・性質

信義誠実の原則とは、社会共同生活の一員として、(社会的接触関係に立つ者同士が)互いに相手の信頼や期待を裏切らないように誠意をもって行動すべきとする原則です。

法律の適用だけでは妥当で合理的な解決を得られず、社会変化にも対応できない場合があります。

そこで契約や法律を信義則に沿って具体的な解釈をして補充を行うほか、正義衡平の見地に立って具体的事情にもとづき、必要があれば適用を制限したりなどの弾力的配慮による調整をすることによって、妥当で合理的な解決の実現を可能とするものです。(具体化機能・正義衡平に基づく権利行使否定機能)

法に道徳的機能を与えるものともいえるでしょう。

信義則適用の問題

修正がされる場合においては、法規範の存在意義が薄れてしまうこと(軟弱化)、事件処理の基準が不明確となり法的安定性を欠くこと、法の適用に関する予測可能性が失われること、解釈・適用に恣意がともなうことなどの問題が指摘されています。

信義則適用の要件

信義則が適用されるのは、一般的に倫理的な誠実さを欠いていると判断される場合です。主な類型を紹介します。

類型適用内容
相手の利益を不当に害するにもかかわらず形式的に存在する権利をあえて主張すること
クリーン・ハンズの原則不誠実な行為によって取得した権利を行使すること
不誠実な行為によって相手方に有利な権利が生ずるのを妨げること
禁反言の法理権利の行使が先行行為と直接矛盾すること
先行行為により惹起させた信頼に反すること
権利失効の原則権利を長く行使しない場合、権利の行使は信義則により許されない
※禁反言の法理からも派生できる
事情変更の原則想定外の事由によって契約内容の強制が不合理となった場合は契約を変更することができる
※当事者の合意によらない契約の変更
一般悪意の抗弁形式的には正当な権利者であっても、相手方に対する関係で信義に反するふるまいがある場合には、相手方の義務や責任を追及することは許されない
訴訟上の信義則
公法上の信義則
別訴で反対の主張をしている場合
訴訟手続遂行後に訴訟能力を欠くとして無効を主張した場合
  • 労働金庫において仮想の従業員組合名義で会員外の個人に貸付けたが、その個人に抵当権を実行されたことを受け、個人が員外貸付は無効であって当然に抵当権も無効と主張した事案。最高裁は、員外貸付を無効であり、個人は貸付金銭について労働金庫に不当利得返還義務があり、実質的に抵当権は労働金庫の不当利得返還請求権を担保するものであって、その償還をしないのに抵当権の実行を無効と主張するのは信義則に反する。また、物件取得者に対しても、自己の不当利得を理由として所有権を否定するのは信義則に反するとした。信義誠実の原則(クリーンハンズの原則、禁反言の法理)(最判昭和44年7月4日民集23巻8号1347頁)
  • 賃貸借の土地で一部破損して修繕されていないことを理由に、同時履行の抗弁によって賃料全額の支払いをしないことは、破損しない部分について使用・収益をしていることから賃貸人の賃料減額が相当であり、賃料全額の支払い拒絶は認められない(大審院大正5年5月22日判決民録22巻1011頁)
  • 催告期間が経過したが損害賠償を付加して完全履行したのであれば解除権は消滅する(大審院大正6年7月10日判決民録23巻1128頁)
  • 不動産の買戻しについて、売主は買主に契約費用を照会したが返答を得られず、しかたなく概算で代金と契約費用を返還したが、後になって買主は契約費用が不足しているため買戻しの効力が発生しないと主張した事案。これについて大審院は、買主は信義の原則に反し、わずかな不足に過ぎないときは買戻しの効力が発生すると解するのが相当であると判示した。(大審院大正9年12月18日判決民録26巻1947頁)
  • 地上建物が失火によって消失し、翌々日に賃貸人が借地人に建物の再築禁止を通告しつつ土地の明渡しを求めた。賃貸人は土地明渡し請求調停を申立て、この期間中に賃貸借期間が満了し、賃貸人が期間満了時に建物が存在しないから、借地契約の更新請求権は発生しないと主張した事案。建物の不存在は賃貸人が再築禁止を通告したからであり、賃貸人の不誠実な行為によって更新請求権の発生が妨げられたのだから、そのような主張は信義則に反し許されないとされた。(クリーンハンズの原則)(最判昭和52年3月15日判時852号60頁)
  • 代理人と称して連帯保証により金銭消費貸借契約を締結させ、連帯補償債務の履行を求める訴訟をされた場合、代理権の不存在を主張し債務が成立しておらず、連帯保証契約の成立を否定した事案。この主張は信義則に反するとされた。代理権がないのに代理権があるとして金銭消費貸借契約を締結させ連帯保証契約も締結した者が、無権代理を主張することは先行行為に矛盾し許されないと解される。(禁反言の法理)(最判昭和41年11月18日民集20巻9号1845頁)
  • 時効の完成後、債務者が債務の承認をすることは、時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから、その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが信義則に照らし相当である(禁反言の法理)(最判昭和41年4月20日民集20巻4号702頁
  • 土地貸借権の無断譲渡を理由として、譲渡から7年8か月経過して賃貸人の解除権行使がなされた事案。「解除権を有するものが久しきにわたりこれを行使せず、相手方においてその権利はもはや行使されないと信頼すべき正当の事由を有するに至ったため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合には、もはやその解除は許されない」と判示された。(権利失効の原則)(最判昭和30年11月22日民集9巻12号1781頁

実際の訴訟において信義誠実の原則に反することを主張する場合には、類型に従い、実際に信義誠実の原則に反すると判示された裁判例を示すことが重要となるでしょう。

しかし、この記事では多くの裁判例を紹介するのは時間の都合上避けることとします。

信義誠実の原則は、権利濫用のように「許さない」といった効果は規定されていません。

信義誠実の原則は法律関係上の行為原則であって、権利行使まで制限することが妥当かどうかを検討する必要があります。

これについては、信義誠実に反する権利の行使は権利の濫用として、許されないものと捉えることができるでしょう。条文に基づく効果であり、法を修正するのではありません。ただ権利の濫用は許されないのです。

また、信義誠実の原則に反することこそ違法行為であり、違法行為の効果という見方もできるかもしれません。

もちろん、信義誠実の原則は権利を行使するまでもなく適用する必要があります。

権利濫用の禁止

(基本原則)

 権利の濫用は、これを許さない。

引用元:民法第1条

権利の濫用は許さないと規定されていますが、なぜ許されないのか(意義・性質)、権利の行使が濫用となるのは具体的にどのような場合か(要件)が問題です。

意義・性質

権利の濫用とは、一般的には、権利が社会的に見て正当な範囲を超えて行使されることだとされています。(コトバンク権利の行使にあたってその正当な範囲を逸脱し,正当な権利の行使とは認められない状態をいう。民法上,権利の濫用は禁止されている。つまり権利の行使は社会的にみて妥当とされるものでなければならない。

しかし、この説明にはさまざまな解釈の余地があるため、筆者は次のように説明すべきと考えます。

権利は、加害者であるか被害者であるかを問わず、他人の権利を侵害する可能性があるかどうかなど、社会全体の利益との調和権利の行使は認められるべきであるものの、その行使を制限する理由としては、社会全体の利益との調和を考慮すべきだと思います。他人の権利を侵害することは、社会生活上当然に考慮しなければならない事由です。を相当程度考慮しなければならず(信義誠実の原則社会共同生活の一員として、(社会的接触関係に立つ者同士が)互いに相手の信頼や期待を裏切らないように誠意をもって行動すべきとする原則。類型として、相手の利益を不当に害するにもかかわらず形式的に存在する権利をあえて主張することが挙げられており、他人の権利を侵害しないように注意することは、信義誠実の原則からも注意義務として設定するに足りるでしょう。)、その考慮(注意義務)を欠いて行使不法行為法上、相当の注意を欠いて他人の権利を侵害した場合は不法行為です。してはならない(権利の濫用)

結局、権利の行使は加害者・被害者問わず信義に従い誠実に行わなければならず、これに反すると権利の濫用となると解するのが正当でしょう。

一般的な説明における「社会的に見て正当な範囲」を具体的にしたものです。

裁判例

所有権の侵害によって生じた損失というには足らないもので、しかも侵害の除去が困難であり、たとえ除去するとしても莫大な費用がかかる場合は、第三者にしてこの事実を口実として不当な利益を得るために土地を買って侵害の除去を迫り、不相当に高額に買取請求をするなど、一切協調しないような場合は、所有権の行使という外形を構えるが真に権利の救済を求めているのではない。このような行為は、全体において専ら不当な利益の獲得を目的とし、所有権をその道具として使うものであって、社会観念上、所有権の目的に反し、所有権の機能として許されるべき範囲を逸脱するものであって、権利の濫用に他ならない。

引用元:宇奈月温泉事件:大審院昭和10年10月5日判決民集14巻1965頁

要件

  • 加害の目的でする権利の行使(シカーネ
    ※不法行為法上の故意にあたり、信義誠実の原則に反する。ただし加害の意図がなくても過失で足りると思われる。
  • 不当な利益を得るためにする権利の行使
    ※不法行為法上の故意にあたり、信義誠実の原則に反する。ただし加害の意図がなくても過失で足りると思われる。
  • 利益衡量の結果、衡平とはいえない権利の行使(得る利益に比較することができないほどの著しい損失が相手方に生ずるような権利の行使)
    ※筆者の私見からすると、相当の注意(信義誠実の原則・過失)を果たすかどうかのほうが重要
  • 不誠実に取得した権利の行使
    ※信義誠実の原則に反する
  • 以前の行為に矛盾・抵触する権利の行使
    ※信義誠実の原則に反する

効果

権利濫用の効果は明文上「許さない」であり、権利自体は消滅せず、行使による法的効果が生じません

損害賠償請求権の行使と権利濫用

妻が不倫第三者に対して慰謝料を請求したが、妻自身が不倫第三者に夫と夫婦仲が冷めており離婚をするもつもりである旨を話したことが不倫の原因をなしているうえに、不倫関係を知った妻が夫に暴力をさせて不倫第三者に対して支払いを求めたなどの事案で、妻の慰謝料請求権の行使は信義則に反し権利濫用として許されないとされました。(最判平成8年6月18日家月48巻12号39頁参照)

参考書籍

我妻栄『民法講義I 新訂 民法総則』31頁以下(岩波書店、1965年)

石田穣『民法総則 民法大系1』66頁以下(信山社、2014年)

安永正昭『新版注釈民法(1) 改訂版【復刊版】』(有斐閣、2010年)

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