訴訟物の意義・性質
訴訟物とは、原告の請求の法律上の原因、すなわち請求の基礎とする権利です。当事者及び訴訟物(請求の基礎となる権利)の特定は、被告の防御及び裁判所の審理の対象となる大前提となります。
訴訟物を特定する意義
請求の趣旨において、「被告は、原告に対し、100万円を支払え」と記載して判決を求める給付訴訟では、これだけでは、被告は100万円を支払う法律上の原因がわからないため原告の主張を排斥しようもなく、裁判所も被告が100万円を支払うべき法律上の原因がわからないまま判決をすることはできません。
したがって、訴状には請求の原因(民事訴訟法第134条第2項第2号)すなわち請求を特定するのに必要な事実(民事訴訟規則第53条第1項括弧書)を記載しなければなりません。
訴訟物の特定の程度
訴状では、原告の請求の法律上の原因(請求の基礎となる権利)を、他の権利と誤認混同しない程度に特定するのに必要な事実の記載が必要です。
訴訟物を特定する訴訟法上の効果・影響
当事者及び訴訟物(請求の基礎となる権利)が特定されることにより、はじめて、二重の起訴を禁止することができ(民事訴訟法第142条)、被告は防御をすることができ、また請求を認諾することができ(民事訴訟法第266条)、裁判所も、被告が争うことを明らかにしない場合(民事訴訟法第159条第3項)には主要事実などの存在を認めて訴訟物の存否について判決をすることができます。
したがって、当事者及び訴訟物(請求の基礎となる権利)の特定は、被告の防御及び裁判所の審理の対象となる大前提です。
また、原告が主位的請求と予備的請求という形で申立てに条件を付している場合、裁判所は原告が付した条件に拘束されます。
- 二重起訴の禁止(民事訴訟法第142条)
※裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。
※両当事者間において特定の訴訟物について訴訟継続が生じており、同一訴訟物又はそれに密接に関連する訴訟物について当事者が重ねて本案の審理を求めること。
※二重の応訴を強いられる被告の負担及び重複する審理や相矛盾する審判を避ける公の利益を考慮したもの
伊藤眞 (東京大学名誉教授)/著『民事訴訟法 第7版』(有斐閣、2020年)234頁 - 訴えの変更(民事訴訟法第143条)
※原告は、請求の基礎に変更がない限り、口頭弁論の終結に至るまで、請求又は請求の原因を変更することができる。 - 請求の併合(民事訴訟法第136条)
※数個の請求は、同種の訴訟手続による場合に限り、一の訴えですることができる。 - 擬制自白(民事訴訟法第159条第3項)
当事者が口頭弁論の期日に出頭しない場合(当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合)には、その事実を自白したものとみなす。→請求認容判決の言渡しが可能 - 再訴の禁止(民事訴訟法第262条)
※本案について終局判決があった後に訴えを取り下げた者は、同一の訴えを提起することができない。 - 請求の放棄又は認諾(民事訴訟法第266条)
※請求の放棄又は認諾は、口頭弁論等の期日においてする。→請求の放棄又は認諾が可能 - 判決事項(民事訴訟法第246条)
※裁判所は、当事者が申し立てていない事項について、判決をすることができない。 - 既判力の範囲(民事訴訟法第114条第1項)
※確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
訴訟物論争
所有者たる土地賃貸人が賃貸借の終了後も目的土地を明け渡さない賃借人に対して明渡訴訟を提起する事案では、目的土地の明渡しという請求の趣旨を基礎づけるのは所有権に基づく返還請求権のみならず、賃貸借終了に基づく返還請求権というように、実体法上の請求権は2つあります。
ここで、実体法上の請求権ごとに訴訟物が成立するとするのが旧訴訟物理論です。判例(最判昭和35年4月12日民集14巻5号825頁、最判昭和36年4月25日民集15巻4号891頁)及び現在の実務が採用します。
対して、旧訴訟物理論では1個の請求権に基づく訴訟で敗訴した原告が、後に別の請求権に基づく訴訟を提起することができてしまい紛争の一回的解決の要請に反し、かつ、被告や裁判所に不当な負担を強いる結果となるため、1個の給付を求める地位自体を訴訟物と捉える新訴訟物理論もあります。
これに対し、旧訴訟物理論からは、1回の給付のみが正当化されるからといって、実体法上の請求権について審判を受ける機会を遮断してしまうわけではないと反論があります。
結果として、訴訟物の特定は、実体法が異なった事実に基づいて別個の請求権が発生することを認めている以上、請求の趣旨に表示された給付を求める地位も、実体法上の請求権ごとに別個のものとなるとして、旧訴訟物理論を前提とすべきと考えられています。
旧訴訟物理論の問題点として指摘される別の請求権に基づく訴訟を提起することができてしまう点については、裁判所が両請求権の主要事実を主張させるよう釈明権を行使し請求原因事実を補充することにより、そして後訴は訴訟上の信義則による遮断効を認めることにより解決を図るべきとされています。
伊藤眞 (東京大学名誉教授)/著『民事訴訟法 第7版』(有斐閣、2020年)214頁
編集/堂島法律事務所『不動産明渡・引渡事件処理マニュアル』(新日本法規出版、2017年)188頁
長谷部由起子 著『民事訴訟法 第3版』(岩波書店、2020年)67頁
田中豊 著『法律文書作成の基本[第2版] Legal Reasoning and Legal Writing』(日本評論社、2019年)142頁
新堂幸司,福永有利/編『注釈民事訴訟法/(5)訴え・弁論の準備』(有斐閣、1998年)103頁
岡口基一/著『要件事実マニュアル 第5版 第1巻 総論・民法1』(ぎょうせい、2016年)5頁
瀬木比呂志 著『民事訴訟法[第2版]』(日本評論社、2022年)47頁
一部請求(処分権主義)
一部請求とは、金銭債権に基づく給付訴訟において、原告が債権のうち一部の数額についてのみ給付を申し立てる行為です。
一部請求は、既判力が残部請求に対してどのような効果を及ぼすか(残部にも既判力が及ぶか)が問題となります。
訴訟費用の負担を回避するために一部請求をなし、残部については一部請求を前提に裁判上又は裁判外の判決を求める試験訴訟といった考え方もあります。
判例は、給付を求められている部分が債権全額の一部であることが明示されているときには、その一部のみが訴訟物となるとの立場です(残部には既判力は及ばない)。(最判昭和34年2月20日民集13巻2号209頁、最判昭和37年8月10日民集16巻8号1720頁)
一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合、原告が裁判所に対し主文において判断すべきことを求めているのは債権の一部の存否であつて全部の存否でないことが明らかであるから、訴訟物となるのは右債権の一部であつて全部ではない。
引用元:最判昭和34年2月20日民集13巻2号209頁
もっとも、一部の金額のみを目的とする債権が存在するわけではなく、一部請求は給付命令の上限を画するという効果しかないため、常に債権全体が訴訟物となり、既判力も債権全体となるとの説も有力です。(残部にも既判力が及ぶ)
この説によれば、残額請求は既判力により確定した債権の給付を求めることであり、既判力が残額請求を遮断することはありません。もっとも、本来は債権全額について訴求できたにもかかわらずあえて一部請求で足りるとの意思を明らかにした以上、なお残額請求の後訴を提起するのであるから、残額請求については訴えの利益が要求されます(訴外で残額の弁済を拒絶するときには訴えの利益が肯定される)。
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