相続の承認及び放棄の意義・性質
相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、相続財産には何があるか、債権の回収可能性など財産に瑕疵・欠陥はないか、債務を含む財産の価額はいくらかなど相続財産を調査して、無限に承継する単純承認(民法第920条)、積極財産を限度として債務を弁済する限定承認(民法第922条)、初めから相続人とならなかったものとする相続の放棄(民法第939条)のいずれかをしなければなりません。(民法第915条第1項本文)
債務超過の可能性もあるため、相続放棄の可能性があるなら、財産の隠匿や消費、処分(特に遺品整理)、債権の回収(特に預金・証券会社預託金・売掛金・貸金)、債務の弁済(特に家賃・クレジットカード・ローン)をしないよう十分に注意する必要があります。(民法第921条)
熟慮期間
放棄(民法第939条)をしなければ、相続財産に瑕疵・欠陥があったときには他の共同相続人に対して担保責任(潜在的な損害賠償責任)を負います(民法第911条)。そのため、慎重に財産の調査(民法第915条第2項)をしなければなりません。
相続の承認及び放棄は、熟慮期間内であっても、錯誤・詐欺又は強迫・未成年者・成年後見人・被保佐人が法定代理人の同意を得ずした場合であって(2項)家庭裁判所に申述して取消しをしようとする(4項)場合を除き(第2項)、撤回することはできません(民法第919条第1項)。取消権は、追認をすることができる時から6か月間行使しないとき、相続の承認又は放棄の時から10年を経過したときは、時効によって消滅します。(民法第919条第3項)
相続人(相続権者)は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内(熟慮期間)に、相続について、無限に承継する単純承認(民法第920条)、積極財産を限度として債務を弁済する限定承認(民法第922条)、初めから相続人とならなかったものとする相続の放棄(民法第939条)のいずれかをしなければなりません。(民法第915条第1項本文)
自己のために相続の開始があったことを知った時とは、相続人が相続開始の原因事実(被相続人が死亡したこと)及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を覚知した時です。
(大審院大正15年8月3日決定民集5巻10号679頁、最判昭和59年4月27日民集38巻6号698頁、最判令和元年8月9日民集73巻3号293頁)
窪田充見 (神戸大学教授)/著『家族法 民法を学ぶ 第4版』(有斐閣、2019年)380頁
その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人(再転相続人)が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきとされています。(最判令和元年8月9日民集73巻3号293頁)
相続人 | 承認又は放棄をすべき期間(熟慮期間) |
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一般相続人 (民法第915条第1項本文) | 相続人が自己のために 相続の開始があったことを知った時から3か月以内 |
再転相続人 ※相続人が熟慮期間中に死亡してその者の相続が開始した場合 (民法第916条) | 再転相続人が自己のために 相続の開始があったことを知った時から3か月以内 |
未成年者又は成年被後見人 (民法第917条) | 法定代理人が未成年者又は成年被後見人のために 相続の開始があったことを知った時から3か月以内 |
熟慮期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができます。(民法第915条第1項但書)
熟慮期間を伸長する要件は、被相続人が死亡したこと及び自らが相続人となったことを知った場合であっても、限定承認又は相続の放棄をしなかった理由が、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人においてそのように信ずるについて相当な理由があると認められるときとされています。
この場合、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当とされています。
他方、相続人が相続財産を認識したかどうかは熟慮期間の起算点に影響を及ぼさないというべきとの、宮崎梧一裁判官による反対意見があります。反対意見にも理由ありと感じます。(最判昭和59年4月27日民集38巻6号698頁)
相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができます。(民法第915条第2項)
単純承認
相続開始の時から:被相続人の財産に属した権利義務を承継(民法第899条)(民法第896条)
(相続の承認又は放棄をするまで:自己の固有財産におけるのと同一の注意をもって相続財産を管理しなければならない(民法第918条))
単純承認をしたとき:無限に被相続人の権利義務を承継する(民法第920条)
効力
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継します。(民法第920条)
法定単純承認
被相続人は債務超過であり残余がないと見込まれる場合は、法定単純承認とならないよう、被相続人の財産には何も触らないことが重要です。他方、放棄をするまでは相続財産について固有財産と同一の注意をもって管理しなければならない(民法第918条)ため、財産にふれるような場合があったら、十分に注意する必要があります。
次の場合には、相続人は、単純承認をした(無限に被相続人の権利義務を承継した)ものとみなされます。(民法第921条)
- 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき(保存行為及び短期賃貸借(民法第602条)を除く)(相続財産の保存行為及び土地5年、建物3年、動産6か月以下の賃貸借を除く)
- 相続人が熟慮期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき
- 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき(その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後を除く)
相続人が、相続放棄の申述をしながら受理前に被相続人の債権を相続人が取り立てた(回収した)という事案で「相続財産の一部を処分した」に該当するものと解するのが相当と判断した判例があります(最判昭和37年6月21日集民61号305頁)。下級審では、債務の弁済も処分行為に該当するとした裁判例(富山家決昭和53年10月23日家月53巻9号45頁)もあります。一方で、被相続人の葬儀費用や墓石、仏壇費用(大阪高決昭和54年3月22日判決)を相続財産から支弁するのは相続財産の処分には該当しないと判断した東京高裁の例があります。
葬儀費用は良いといっても、繰り上げ法要は?香典返しは?喪服代は?以下はダメとのこと。(小さなお葬式)
- 墓地や墓石の購入にかかる費用
- 仏壇や仏具にかかる費用
- 本位牌の作成費用
- 死体の解剖にかかる費用
相続の放棄をする前に、不動産や家財、宝石・美術品・骨董品、ペット、自動車、預貯金、証券会社等預託金、売掛金、貸金などの相続財産について、売買や贈与による所有権の移転譲渡、抵当権の設定(所有権の制限)、長期賃借権の設定などの処分行為をすると単純承認となり、被相続人の借入、クレジット、買掛、不動産の賃料などの義務も承継を免れなくなるので注意してください。債務を免れないだけでなく、自己の持分を超えて処分した場合は不法行為又は不当利得の問題となります。
限定承認又は放棄をした後でも、他の相続人が承認又は限定承認をする前に、不動産や家財、宝石・美術品・骨董品、ペット、自動車、預貯金、証券会社等預託金、売掛金、貸金などの相続財産を隠匿して私に消費したり、限定承認の場合は悪意で相続財産目録に記載しなかったときは単純承認となり、被相続人の借入、クレジット、買掛、不動産の賃料などの義務も承継を免れなくなるので注意してください。債務を免れないだけでなく、自己の持分を超えて処分した場合は不法行為又は不当利得の問題となります。
もっとも、法定単純承認事由があっても、熟慮期間に相続放棄さえすれば、他に相続人がいないときは、相続債権者・受遺者が家庭裁判所に相続財産清算人選任の請求をしない限り相続財産の清算はされません。
相続放棄が「債権者を害することを知ってした(財産権を目的とする)法律行為」、つまり詐害行為取消の対象になるかどうかについては、相続放棄は身分行為であり、積極的に財産を減少させる行為ではないとして詐害行為取消権行使の対象にならないと解するのが相当とされています。また、身分行為は他人の意思によって強制すべきではないところ、放棄を取り消し得るとすれば承認を強制することとなり不当であることも記載されています(最判昭和49年9月20日民集28巻6号1202頁)。筆者も、相続人がいない場合は家庭裁判所に相続財産の清算を申し立てることができる制度がある以上、相続の放棄を制限するのではなく清算で対応するのは当然と考えます。他方、遺産分割協議においては
限定承認
相続人は、熟慮期間内に、相続財産の目録を作成して被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述(手数料は800円分の収入印紙)することにより(民法第924条)、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して相続の承認をすることができます。(民法第922条)
共同相続人の限定承認は、全員が共同してのみすることができます。(民法第923条)
相続人が限定承認をしたときは、その被相続人に対して有した権利義務は、消滅しなかったものとみなします。(民法第925条)
限定承認者は、限定承認者の固有財産におけるのと同一の注意をもって、相続財産の管理を継続しなければなりません。(民法第926条第1項)
受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければなりません。(民法第926条第1項が民法第645条を準用)
受任者は、委任事務を処理するに当たって受け取った金銭その他の物、収取した果実を委任者に引き渡さなければなりません。受任者は、委任者のために自己の名で得た取得した権利を委任者に移転しなければなりません。(民法第926条第1項が民法第646条を準用)
受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対し、その費用及び支出の日以後におけるその利息の償還を請求することができます。受任者は、委任事務を処理するのに必要と認められる債務を負担したときは、委任者に対し、自己に代わってその弁済をすることを請求することができます。この場合において、その債務が弁済期にないときは、受任者に対し、相当の担保を供させることができます。(民法第926条第1項が民法第650条第1項及び第2項を準用)
限定承認者は、限定承認をした後5日以内に、すべての相続債権者及び受遺者に対し、限定承認をしたこと及び2か月以上の一定の期間内にその請求の申出をすべき旨を官報に掲載して公告しなければなりません。公告には、相続債権者及び受遺者がその期間内に申出をしないときは弁済から除斥されるべき旨を付記しなければなりません。ただし、限定承認者は、知れている相続債権者及び受遺者を除斥することはできません。限定承認者は、知れている相続債権者及び受遺者には、各別にその申出の催告をしなければなりません。(民法第927条)
限定承認者は、公告期間満了前には、相続債権者及び受遺者に対して弁済を拒むことができます。(民法第928条)
公告期間満了後は、限定承認者は、相続財産をもって、その期間内に申出をした相続債権者その他知れている相続債権者に、それぞれの債権額の割合に応じて弁済をしなければなりません。ただし、優先権を有する債権者の権利を害することはできません。(民法第929条)
限定承認者は、弁済期に至らない債権であっても、弁済をしなければなりません。条件付きの債権又は存続期間の不確定な債権は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って弁済をしなければなりません。(民法第930条)
限定承認者は、各相続債権者に弁済をした後でなければ、受遺者に弁済をすることができません。(民法第931条)
弁済をするにつき相続財産を売却する必要があるときは、限定承認者は、これを競売に付さなければなりません。ただし、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い相続財産の全部又は一部の価額を弁済して、その競売を止めることができます。(民法第932条)
相続債権者及び受遺者は、自己の費用で、相続財産の競売又は鑑定に参加することができます。此の場合においては、参加の請求があったにもかかわらずその請求をした者を参加させないで分割をしたときは、その分割は、その請求をした者に対抗することができません。(民法第933条)
限定承認者は、公告若しくは催告をすることを怠り、又は公告期間内に相続債権者若しくは受遺者に弁済をしたことによって他の相続債権者若しくは受遺者に弁済をすることができなくなったとき、民法第929~931条までの規定に違反して弁済をしたときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負います。情を知って不当に弁済を受けた相続債権者又は受遺者に対する他の相続債権又は受遺者の求償を妨げません。損害賠償請求権、求償権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき、不法行為の時から20年間行使しないときは、時効によって消滅します。(民法第934条)
公告期間内に申出をしなかった相続債権者及び受遺者で限定承認者に知れなかったものは、残余財産についてのみその権利を行使することができます。ただし、相続財産について特別担保を有する者はこの限りではありません。(民法第935条)
相続人が数人ある場合には、家庭裁判所は、相続人の中から相続財産の清算人を選任しなければなりません。相続財産清算人は、相続人のために、相続人に代わって、相続財産の管理及び債務の弁済に必要な一切の行為をします。民法第926~第935条までの規定は相続財産清算人について準用します。(民法第936条)
限定承認をした共同相続人の1人又は数人について、相続財産の全部又は一部を処分したとき(保存行為及び土地は5年、建物は3年、動産は6か月以下の賃貸を除く)又は限定承認後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき(その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後を除く)は、相続債権者は、相続財産をもって弁済を受けることができなかった債権額について、当該共同相続人に対し、その相続分に応じて権利を行使することができます。(民法第937条)
限定承認は、共同相続人全員の共同に限り限定承認が可能であること、財産目録を作成し公告するなど手続の負担が大きいことから、あまり利用されていません。
相続の放棄
相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければなりません。(民法第938条)
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなします。(民法第939条)
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は相続財産清算人に対して当該財産を引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければなりません。(民法第940条)
事実上の相続放棄として、遺産分割協議で特定の相続人に遺産を集中する方法、具体的相続分がない旨を記載した相続分皆無証明書を作成し添付して手続を行うなどの方法によってもされることがあります。もちろん、事実上の相続放棄は債務の承継を拒むことはできません。
窪田充見 (神戸大学教授)/著『家族法 民法を学ぶ 第4版』(有斐閣、2019年)384頁
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